ああ、とうとうこの日が来たな。

そう思うことしか出来なかった。



ボンゴレから請け負った任務を遂行し、ボスである綱吉の下へと直接報告に行く。
ここ最近は互いに日本に滞在しているので手間がかからなくて良かった。
執務室で一人で待っていた彼の前に立ち、淡々と事務的な処理を行って一通りの義務を終わらせたところでようやく零れる笑み。

「さて、これで仕事は終わりなんだよね?」

普段なら報告なんて電話で済ませる。
それをしなかったのは彼が会いたいと言ったから。

彼がボンゴレの十代目になると決めてから、自由に溢れていた学生の頃に比べて格段に減ったお互いの時間。
らしくなく、愛しく大切にしてきた相手に求められるその時間を無碍になどしない。
まったく予定がなかったわけではなかったが、後回しにしても問題はない。

そうして作った時間を無駄にしたくなくて言った言葉に彼はとても哀しそうな瞳を見せた。

「はい。これで、終わりです」

何かを覚悟したようなその瞳。
この後に訪れるであろう心の痛みを予測させる声。

瞬時にして何もかもを悟り、己の顔から笑みがすっと引くのを感じた。

「……綱吉」
「ヒバリさん。ごめんなさい」

呼びかける声に被せるようにして謝罪される。
場所を変えて落ち着いて……などという余裕すらない。
言うなら勢いのままに。
そんな彼の気持ちが痛いほどに伝わってきた。

だから、黙って。
その言葉を受け止めた。

「オレと別れてください」

もはや通常時でも草食動物とは言えない目をするようになった彼。
その彼の真っ直ぐな視線にぶれはなく。
本気で言っているのだと感じ取ることが出来る。

予想していた事態ではあった。
いつかは来るだろうという覚悟もあった。
けれど、もしかしたら、運よく何も気づかれずにそのまま過ぎ去るのかもしれないという淡い期待もあった。

そんな期待、しなければよかった。

起こってもおかしくなかった事態に動揺する。
いつこの日が来ても冷静に受け答えできるようにと考えていたはずなのに、混乱する思考を止められなかった。

「突然、どうして?」

わかっている筈なのに疑問の言葉が口に上る。
表情だけは必死にいつもの調子を取り繕っているので責めているように聞こえたかもしれない。
重厚な執務机の向こうで綱吉が体を小さくするのがわかった。

初めて会ったときから比べれば充分なほどに成長した体。
周りに大きな者達が多いから未だに低く見えるが、身長も日本人の平均には届いているはずだ。
それなのに、申し訳なさそうに縮みこまった姿はサイズの大きな革張りの椅子と相俟ってとても小さく思えた。

今すぐに近寄って、その頭を撫でてやりたい。
許されるなら抱きしめたい。

これほどまでに彼を慈しんでいたことをここへ来て理解させられて。
人が言うほど……自分が思うほど冷たい人間ではなかったんだなと感じた。

それは酷く苦々しいもので。

薄く眉間に寄った皺にまた綱吉が誤解して体を震わせた。

「ヒバリさん、オレ……」
「ああ、ごめん。責めているわけじゃない」

怒っているわけでもない。

そうはっきりと告げると少しだけ緊張が解れたのがわかる。
それに伴って紡ぎ出されるとっくの昔に知っていた真実。

「オレ、どうしても忘れられない人が居るんです」

細く小さく。
だが、しっかりとした口調で彼は言う。

「最初からずっと憧れで。そうなったらいいなって思っていながら諦めてて」

知ってる。
そんなこと、最初から知ってる。

当時の彼は自分が誰かに好かれるなんて思考の隅にも置いていなかった。
実際にはその時点ですでに何人かの心を掴んでいたというのに。

そう、自分も含めて。

そんな彼に先手必勝とばかりに己の存在を主張した。
誰かにそういう意味で興味を示すように見えなかったらしい自分の行動はそれだけで目を引いたらしく。
その特別感をも利用して彼の心を自分に向けさせた。

巧妙に摩り替えるようにして手に入れた心。
その中になんの決着もつけないまま残された彼の恋心はずっと存在し続けていた。

「こんな言い方卑怯なのはわかっていますが、今でもあなたのことは好きなんです。……でも」

どうしても忘れられないのだと。

そして、その心を抱えたまま共に居ることに苦痛を覚えたのだと呟くのに同意してやることしかできなかった。

「綱吉」
「はい」
「それで、僕と別れて。君はどうするの?」

それこそ決して責めているわけではないと伝えたくて、慣れない優しげな笑みを浮かべてみる。
彼の覚悟がどうしても知りたかった。

「……オレ、彼女に告白してきます」

あの頃にあやふやにしてしまった心に決着をつけてくる。

「別れてから行くって事は、そこで振られても僕はもう君の手をとらないよ?」
「わかってます。……むしろ、そうしてもらうために別れるって決めたんです」

安牌を残していくなんてどちらに対しても失礼でしかない。

「もし、受け入れてもらえたら?」
「え、あ……そ、それは……」

可能性として考えていなくはなかったようだが、あまり期待していなかったであろうことがわかる動揺が見えて思わず笑ってしまう。

「ちょ、ちょっとヒバリさん……」
「それで、どうするの?」

うろたえる綱吉にもう一度だけ微笑んで表情を引き締めるとつられた様に彼も真剣な目になった。

「彼女と共に生きようと思います」
「うん、そうだね。それがいい」

おそらくそれが間違うことなき真実の姿。
本来そうでなければならなかったのだ。

「ふふふ。やっぱり君も男だったか」
「どういう意味ですか!」

からかうような口調に綱吉の顔が赤くなる。
とても可愛く見えるその表情はそれでも自分が手を伸ばせるものではなくなっていて。

「聞いたそのままさ。結局ね、そういうものなんだよ」

本来あるべきものを捻じ曲げても最後には元に戻ってしまう。

「わかってた。わかってたけど、どうにかならないかって思ってた」

馬鹿だよねと言うとそんなことはありませんと答えられた。





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