咄嗟に己の耳を疑った。
ついでに脳も疑った。

なんの夢を見ているのだろうという気にもなった。

そのくらい、自分にとって青天の霹靂だった。

完全に脳の動きが停止してしまってアホ面を晒して固まることしか出来なくなったディーノに、その元凶である目の前に佇む少年は不機嫌そうに眉を顰めた。

「ねえ。ちゃんと聞いてた?」

聞いていた。
聞いていたからこそ固まっている。

そうは思うものの言葉が出てこない。

「もう一回言う?」
「……いや、待て。ちょっと待ってくれ」

もう一度聞くには刺激が強すぎる。
脳もそう判断してくれたらしく、今度は言葉が出た。

「確認したい」
「なにを?」
「……お前、意味分かって言ってるよな?」

もういっそ何かの勘違いでしたと言ってもらった方がまだ納得できる。
しかし、彼は真顔で言い切った。

「わかってる」





神様、これはいったいどういうことなのでしょうか。









嫌われている……とは思っていなかった。
むしろ、ある一面では好意に近いものを抱いてくれてるのだろうとは思ってはいた。

しかし、その好意から発生するものは決して穏やかなものではなく。
それ故にこれまで幾度と無く挑まれてきた。

常々かけられていた言葉は「咬み殺したい」。
その言葉に偽りなどないであろう殺意すら感じる闘志を向け続けられて。
こちらとしてはかわいい弟子だと思っているので、成長を楽しみながらそれを受け止めて。

おそらく片や獲物、片や弟子の認識であっていたであろう関係の解釈が間違っていたなんて夢にも思わなかった。

ここで実はお互い師弟の認識である意味両思いでした……とかだったら、よかった。
しかし、そういうわけでもなく。

いつものように手合わせをして、いつまでもやめようとしない相手を諌めたところで衝撃の告白は訪れた。

「……もっとちゃんと決着つけてからやめたいのに」
「そんなこと言ってたらまた夜が明けるだろうが」
「あなたが本気を出せばいい」
「負けて終わりがいいのか?」

揶揄するように笑うと雲雀はむすりとして黙り込む。
そうして少しだけ口の中で何かをもごもご呟いていると突然睨むような視線を向けてきた。

これはまた下手に煽ってしまったかとディーノが身構えたそこに発される言葉。

「本当はあなたを咬み殺せたら言おうと思ってたんだけど」
「?」
「僕、あなたのことが好きなんだ」
「っ!?」

何の話だろう……なんて油断して聞いてた為に喉の奥が詰まった。
咳き込みそうになるのを堪えて涙目になるディーノを尻目に雲雀は淡々と続ける。

「いっつも自分が負けない程度で闘っててさ。それに、いざ僕が勝ちそうになると本気出すからね、あなたは。そんなだから、まだ底がわからないし、油断してる隙にとも思ってるんだけどなかなか上手くいかないし。いい加減黙ってるのも嫌になってきたし、あなた妙にモテる上にふらふらしてるから我慢しきれなくなった」

ふらふらとはなんだ。
皆に優しいくらい言え。

ではなく。

その言い分だとずっと好きだったとかそういうことにならないだろうか。

予想もしていなかった雲雀の告白に脳の動きが正常ではなくなってしまい。
冒頭に戻る。











神に問いただしてみたところで返事が返ってくることなどありはせず。

本当にこれが告白してきた者の目かと思うほど冷静な瞳を向ける雲雀にディーノはなんと声をかけていいのかわからずに視線を彷徨わせる。
その最中に物陰に居たロマーリオと目が合ったのだが、彼も驚いた様子を隠しきれていなかった。
視線で問いかけてみると片手をぶんぶんと横に振られる。

やはり、彼からはそんな色など微塵も醸し出されてなかったのだ。
むしろ今だって本気で言ってるのならもう少し熱っぽい何かがあってもよさそうなものだが。

「やっぱり、もう一回言おうか?」
「あーっ! いいっ! それはいいっ!!」

いつまで経っても次の言葉を発さないディーノに苛々した調子で雲雀は聞いてくる。
それを子供みたいな大声で遮る今の二人の様子は、誰がどう見ても色恋沙汰には見えないだろう。

「きょ、恭弥」
「なに?」
「意味分かってるんだよな」
「しつこいね。わかってるって言ってるだろ」
「え、じゃあ……」

決してこちらとしては特別な意味は無い。
けれど、どうしても確認したくて。
ディーノは雲雀に手を伸ばすとそっと抱きしめてみた。

「こ、こーゆーことされてどう思う?」
「……嬉しい」
「っっ!!」

言葉と共に胸に顔が押し付けられる。

これはいけない。

触れ合うことが嬉しいとなれば彼の認識は間違っていないことになる。

「え、えっとだな。恭弥……」
「あなたは?」
「ふぇ!?」
「あなたは、僕にこうして触れるのはイヤ?」

すぐ近く。
真下から見上げてきた瞳は僅かにだが熱を帯びていて。
ようやく、雲雀の想いを実感した。

「う、うえぇぇっ!? お、オレは……」

自らこの状況を作っておいてひたすらに動揺する。
ここでいきなり突き飛ばすわけにもいかないし、正直なところを言えば決して嫌なわけではない。

だからといって、雲雀のことをそんな目で見たことなんて一度も無いわけであるし、今だってそんな気分にはなっていない。

「べ、別に触れるのくらいはイヤじゃねぇけどさ……」
「……まあ、あなたは元々スキンシップ過剰だしね」

はっきりと答えられずに尻すぼみで答えると雲雀はすいっと視線を下げて呟いた。
その姿からは憂いも感じて。
下手にそんなことを思ってはいけないとわかっているのに胸が痛む。

「きょ、恭弥、あのな……」
「……跳ね馬」
「っ!」

声をかけようと顔を覗き込むと彼は呼びかけながら視線を戻してきた。
そうするといつの間にかお互いの顔が至近距離になっていたのがわかる。
それを認識するとほぼ同時に唇に触れる柔らかい感触。

触れただけですぐに離れていったそれに目を白黒させていると雲雀が口元に笑みを湛えて体を離した。

「僕だって馬鹿じゃない。すぐに受け入れてもらえるとは思ってないよ」

笑みの形を作る唇を一撫ですると雲雀は瞳を煌かせる。

「拒絶されなかった。……今日はそれで充分だ」

いつの間にか傾いていた日がもうすぐ落ちそうな逢魔が時。
オレンジと紫が絶妙に混ざり合ってまるで自分達のようだと感じる。

そして、その中で笑みと共に佇む姿は異様なまでに綺麗で。

思わず見惚れたディーノを知ってか知らずか、満足げな表情を見せた雲雀はそのまま身を翻すとさっさと帰路についてしまった。

雲雀の姿が見えなくなってしばらくしてからも呆けたままだったディーノは、痺れを切らした腹心が肩を叩くのを合図にようやく動きを取り戻す。

「……ロマぁ……」
「情けねぇ声出すなよ、ボス」

まるで幼い頃のような表情で呼びかけるディーノに、ロマーリオは苦笑を浮かべた。

「気持ちはわからなくもねぇがな」

一瞬呑まれたのは自分も一緒だと言うとディーノはその場にへたり込む。

「あああぁぁぁ。オレどーしよぉ……」
「どうしようもなにも。ボスは別にそんな気ねぇんだろ?」
「ねぇよ。かわいい弟子だとは思ってるけど。……そんなつもり……」

言いながら思い出したのは先程の雲雀の姿。

「ねぇよぉぉぉっ!」
「……こりゃだめか」

地面とお友達になりながら絶叫する上司に、あの一瞬で随分持っていかれてしまったなと感じてロマーリオは困ったように髭を撫でた。

「とりあえず、頭冷やそうぜ。今日のは不意打ち過ぎだ」

おそらくあらゆる意味で雲雀の計画通り。

「今後、どう転んでくかはわからねぇが、流されるのだけはやめてくれよ?」
「わかってる」

これまでのディーノを見てきたロマーリオは余程のことが無い限り味方をしてくれるだろう。
そんな彼に恥じない行動だけは心がけたいとディーノは表情を引き締める。

「ある意味コレも闘いだ。無様な姿は見せねぇぜ」
「頼んだぜ」

とりあえず、地面にへばりついたまま言わないで欲しかったとは飲み込んでロマーリオは殆ど沈んでしまった夕日を眺めた。
つられてディーノもそちらに目をやって。

闇色に呑まれていくオレンジに自分を重ねそうになってしまいそうになるのを必死で振り払った。





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