引いたら負けだ。
いざ雲雀を目の前にしたディーノの心の内を占めたのはそんな言葉だった。

今は授業中の時間帯。
そんなことなど関係なく応接室に居る雲雀以外がここに来ることはない。
学校など関係ない骸あたりは何かを嗅ぎ付ければ来そうだが、それより先に問題は解決する。

「恭弥!」
「なに?」

応接室に入るなりずかずかと執務机に向かっている雲雀の前にまで歩み寄る。
そして、真正面から見据えて名を呼ぶと、僅かながらに声を硬くして雲雀は応えた。

珍しくも怯んだ目を見せたのは、望まぬ言葉が出てくるとでも思ったのか。

ここ数日で押される一方だったディーノはそんな雲雀の様子につい口元が緩んでしまう。

「なに笑ってるのさ」

途端に不機嫌を顕にした雲雀に今度は本当に笑ってしまった。

「だから!」
「いや、悪ぃ」

笑いを堪えながら、思う。
こんな他愛の無い僅かな反応。
それを可愛いと感じてしまうのはもはや疑いようも無いことで。

「なあ、恭弥」
「………なに」

いい加減本題に入れと視線で訴えてくるのに笑みを返すと、執務机越しにずいっと顔を近づけた。

「オレのこと、好きか?」
「今更確認?」
「いいから」
「好きだよ」

何の躊躇いも無く。
真っ直ぐに見詰めてくる真っ黒な瞳。

彼を遠ざけようとした時にはどうしても見ることが出来なかったのに、今はどうだろう。

「オレも……そうみたいだ」

目を離せないどころか吸い込まれるような感覚すらして。
引き寄せられるままに更に顔を近づけるとそっと口付けた。

「どういう心境の変化?」

唇が離れるなり問いかけてくる雲雀にディーノは苦笑する。
おそらく本人は平静を装っているつもりなのだろうが、目が潤んでいて可愛いことこの上ない。

自覚するなりこれかと己に呆れながらもディーノは雲雀の問いに答えた。

「目を逸らすのをやめただけさ。色々考えてる振りしながら肝心なところを全く見ようとしてなかったから」

押されるままに流されるわけには行かないなんてただの言い訳だ。
いきなり突きつけられた己の中の真実から逃げただけに過ぎない。

確かにそれはそう簡単に認めていいものではなかったかもしれない。
けれども、目を逸らしたからと言って誤魔化せるものでもなかった。
もうすでに抗いようの無いものとして己の中に存在していたのだから。

ただ告白されて意識しただけならこんなにも迷うことは無かったはずなのだ。

「ちゃんとお前と向き合って。その目を見つめて出た答えが真実だって思ったんだよ」
「……そう」

ディーノの言葉に雲雀はついと視線を下に向ける。
前髪に隠れてその目は見えなくなってしまったけれど。
わずかに赤くなった頬と少しだけむず痒そうに上がった唇の端を確認して、ディーノは言いようの無いものが胸に競りあがってくるのを感じた。

「恭……」

感極まって机の向こうへ向かおうとしたその瞬間。

応接室の扉が派手な音を立てて開かれた。

「ちょっと待ったーっ!!」
「うわ、出た」

見知ったパイナップル頭につい変な顔をしてしまう。
肝心なところを邪魔されずにはすんだが、やはり来るのかとげんなりせずにはいられなかった。

「どうして、昨日の今日でそんなに急展開になるんですか!」
「どうしてって言われてもなぁ……」

そもそもきっかけを作ったのは骸に他ならない。

「うるさいよ、南国果実。元々がこうなる予定だったんだ。ちょっとこの人がへなちょこだっただけで、何の疑問もありはしないよ」

詰め寄る骸に勝ち誇った表情で雲雀が言い放つ。
そのままゆっくりと椅子から立ち上がり、ディーノの隣まで歩み寄った雲雀は見せ付けるかのように体を擦り寄らせた。

「これでもうこの人に触れていいのは僕だけになった」
「……恭弥」

嬉しそうに腕を絡ませてくる雲雀に、昨日とはまた違った感覚が襲ってきてディーノはぞくりとする背筋を感じる。

やはり自覚したらしたで、この積極性は問題だと感じずにはいられない。

「ちょっと、そこ! 二人の世界を作らないでください!」
「だから、うるさいって言ってるだろ。部外者は消えろ」
「部外者!」
「だー! だから、お前らはどうしてそう!!」

あっという間に一触即発の空気になる二人に慌ててディーノが止めに入る。

「恭弥はいちいち煽らない。……骸は……」

やはりそれでも悪いと思わなくも無くて。
僅かに言葉を詰まらせながらも続きを告げた。

「まあ、なんだ。お前がどうだからってことじゃなくて。……その、やっぱ、結局オレはこいつが一番だったってわけだから……」
「……面白くない。実にくだらない結果ですよ」

謝るのも違う気がして言葉を濁していると骸は不貞腐れたような顔を見せて吐き棄てる。

「もっと楽しめる展開を期待していたんですが」
「やめろ、愉快犯。どうあがいても君が得する未来は無いんだからさっさと諦めて」
「きょーやー……」

この二人が居る空間の中で事を丸く収めるのは無理な気がしてきた。
そんなことを考えながらもディーノが次の言葉を捜していると、骸がすっと踵を返す。

「骸?」
「……今日のところは退散しておきますよ。分が悪い」
「今後良くなることは無いと思うけど」
「「…………」」

どうしても一言返さないと気がすまないらしい雲雀に一瞬間をおいてしまうが、もうあえて気にしないようした。
それは骸も同じだったらしく何事も無かったように続ける。

「あくまでこれも経過に過ぎないと僕は思ってますよ。未来は誰にもわからない」

クフフといつもの笑いを漏らした骸はそのまま陽炎のように揺らめくと姿を消した。
不穏さを残すそのやり方に苦々しい気持ちを抱えつつ、ディーノは雲雀をそっと抱き寄せる。

「恭弥」
「なに?」
「今の骸の様子からしても、オレが自覚したって事以外はなにも解決してないわけなんだけどさ」

ある意味ここからが本当の戦いの始まりな気がしてならない。
両想いになりました。
めでたしめでたし……とはいかないのが目に見えていて若干気が重い。

そんな気持ちを伝えると雲雀はくだらないとでも言いたげな顔を見せた。

「一番重要なことがわかったんだから、問題ない。それさえぶれなければあとはどうとでもなるよ」

はっきり言い切るその瞳の強さにうっかりときめく。
この相手のこういうところにも弱いんだなとまた一つ自覚して、ディーノは雲雀をぎゅっと抱きしめた。

「うん。そうだな。……好きだぜ、恭弥」
「やっとはっきり言ったね」

明確に口にした想いに雲雀は満足そうに微笑む。

「あとは僕からしたら、昨日の骸との会話の意味を教えてもらえればいいんだけど」
「そ、それは追々な……」

今は気持ちを一つずつ自覚するだけで手一杯だ。

「まあ、まずは目の前の問題を片付けてこうぜ」
「とりあえず端から咬み殺せばいい?」
「それはダメだ」

ああ、やっぱり色々やっかいな相手だよな……なんて思いつつ。

それでもこの自由に真っ直ぐ何にでも挑んでいく姿が好きなんだよなと感じずには居られなかった。




Fine







無理矢理着地!
実は全く着地点を考えずに話を書き始めてしまったので結構困ってました。
がっつり押す雲雀と、モテるディーノを書きたかった。ただそれだけだったんだ……。

こっそり骸が好きです。
今後もことあるごとに書こうと目論み中。
いつでも報われ無さそうで申し訳ないけど……。





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