雲雀が帰ってからしばらく。
放心状態で椅子の背もたれに埋まっていた綱吉はいつまでもこんなことをしていられないとばかりに身を起こした。

「ヒバリさん、笑ってた」

優しい、優しい笑みをしていた。

きっと彼は気がついていたんだろうな、と感じた。
それは彼を苦しめていたに違いなくて。
なのに、あんなにも優しく笑ってくれたのはおそらく自分のことを思ってだろう。

「たぶん、自分のが悪いとか思ってるんだろうなぁ」

普段の言動から自分勝手で人のことなど考えないように思われているが、実は彼はとても優しい。
今回のことだってそうだ。
気がついていながら黙っていたのはそれだけ自分を離したくないと考えていたからに他ならず。
それはむしろ嬉しいことだ。
あの彼がそれほどまでに自分を必要としてくれていた。
愛していてくれた。
その想いを受け続けながらも己の中の気持ちに整理がつけられなかったのは完全に自分の問題だ。

始めの数年こそはその気持ちが嬉しくて、また誇らしくてほぼ彼のことで頭がいっぱいだった。
けれどもふとした拍子に気がついてしまった己の中の未整理の心。
最初のうちは小さなしこり程度だったものが確かな違和感になったその時に何かしらのケリをつけておくべきだった。
そうすれば彼をとる道もあったのかもしれない。

なのに、それもできずにずるずるとここまできて。
苦しめるだけ苦しめてその手を離した。

「オレには責められるべき点がいくらだってあるのに」

あんなに優しく送り出されたら苦しくて仕方ない。

彼は痛みに強すぎる。
だからこそ、自らに痛みを背負うことに躊躇いがなくて。
それを平気だなんて思っているのも性質が悪い。

自分が彼を選びきれなかったのはそこもあるのかもしれないと思った。

「結局、逃げ……なんです」

彼女のことを想う気持ちに嘘はない。
けれど、それだけが彼を突き放す理由ではなかった。

「もっと、怒って欲しかったな」

そんな勝手なことを呟いて。

せめて、もう一度彼を真っ直ぐに見つめられるように彼女とのことにしっかりと決着をつけてこようと強く誓った。








そうして、絶対に振られると思っていた告白は。
思わぬ形を見せ付けた。








「え、ツナ君……ごめん、もう一回言ってくれる?」
「あ、いや、だから……」

話があるといって並盛にある建設中のアジトに程近い場所にある仮アジトに京子を呼び出した綱吉は、もてなしもそこそこに本題を告げた。
すると、驚きに見開かれた大きい目。
それに見つめられながら一世一代の覚悟で言った言葉の復唱を要求されて一瞬怯んだ。

しかし、ここまできてそんな情けないことは言っていられない。

「オレ、京子ちゃんのことが好きなんだ!」

本日二度目の心からの叫び。

今度こそ聞き間違いや気のせいでは済まされないその意味に目の前で京子が口元を両手で押さえるのがわかった。

「うそ。だって……ツナ君には雲雀さんが」

綱吉と雲雀のことは身近な者たちの間では周知の事実で。
彼女が綱吉の言葉を咄嗟に信じられないのも仕方のないことだった。

「ヒバリさんとは……別れてきたよ」
「喧嘩でもしたの?」
「違う」

雲雀と上手くいかなかったから彼女に乗り換えたのだと思われたくなくて、つい口調が強めになる。
すると彼女は失言をしたとばかりに口を噤んだ。

「あ。ご、ごめん。その、ヒバリさんとはちゃんと話し合って別れたんだよ」

話し合ったというほどのことはしていないが。
まずは京子の気持ちをほぐしたくてそんなことを言ってしまう。

「なんで? 何で別れたの?」
「だから、それは……オレが君のことを忘れられなかったから」

綻びた唇から漏れた問いに真実を語る。
元よりそこを隠すつもりはなかった。

「オレ、本当は中学の頃、君のことが好きだったんだ。でも、ヒバリさんに告白されて。君と上手くいくなんて信じられてなかったからそのまま彼に気持ちが移っていって」

それですべて終わったのだと思っていた。

「だけど、ハルやランボたちと一緒に変わらずオレに優しく接してくれる君を見ていて、気持ちが温かくなることがしょっちゅうあって」

京子に優しくされるのが嬉しかった。
彼女の笑顔を見るのが変わらず幸せだった。

その気持ちは決してハル達に対するものとは同じには思えなかった。

「だ、だからってヒバリさんのこと適当に想ってたわけでもないんだけど」

気持ちの軽い男だと感じたかもしれないと慌てて自らのフォローをしてしまう。
慌てふためくその姿に京子はくすりと笑った。

「うん、知ってるよ。ツナ君は雲雀さんのこと凄く好きだよね」

花が咲くような微笑。
とても可愛くとても綺麗な笑みに見惚れて綱吉は言葉を失う。
ああ、やはり彼女は自分の女神だなんて惚けたことを考えていたら、その女神の口からとんでもない台詞が飛び出した。

「それがわかってたから、私はずっと我慢してたんだよ?」
「え?」

我慢。
今、彼女は確かにそう言った。
いったい何を我慢していたというのか。

事態に思考が追いつかず、間抜け面を晒していると京子はまたくすくすと笑った。

「私もツナ君が、好き。自覚したのは実はだいぶ遅いんだけど、たぶん、中学の頃からもうずっと好きだった」

やっと告げられたと何かから開放されたかのような晴れやかな笑顔が溢れる。

「きょ、京子ちゃん……」
「ふふ。ツナ君って鈍感だよねってよくハルちゃんと話してるよ」

そう言ってもう一度笑った後に少しだけ表情を曇らせたのはハルを思ってか。

「正直なところ、一番何にもしてなかった私が突然こんな幸せなこと言われちゃって申し訳ないくらいなんだけど」

初めからずっと綱吉に気持ちをぶつけ続けたハル。
これまで惜しみない愛情を注いでくれていた雲雀。

「確かに我慢してたのは苦しかったけど。それは当然の苦しみだと思ってる」

何も行動しなかったということは諦めていたと同じだ。

「ねえ、ツナ君」
「な、なに?」

いつも明るい表情を絶やさない京子の神妙な顔に綱吉の体も知らず固まる。
どこか張り詰めた空気の中、京子はゆっくりと口を開いた。

「私、喜んでいいのかな? 私にそんな資格あるかな……」

陰る瞳に綱吉は胸の痛みを感じる。
これほどまでに綱吉を、そして皆の気持ちを思ってくれる人を苦しめた。
その自覚がある。
それこそ自分に彼女に好かれる資格があるのかと問われたら否と答えそうになる。
けれども。

「あ、あるに決まってるじゃないか! 京子ちゃんがオレの気持ち嬉しいって言ってくれるなんて幸せ以外の何物でもない」

ここで彼女の手を振り払って、自分も彼女も傷つくだけの結果になんてなったら。
それこそ、皆に顔向けできない。

「京子ちゃん、オレ、それこそまだまだ情けないし、君に胸張って言えることなんでなにもない。それに……わかっていると思うけど」

自分はボンゴレの道を進むことを選んだ。
京子の兄である了平も巻き込んで。

「普通の生き方……できない道を選んだ」
「うん、わかってる」

了平のことを告げたときと同じ。
なんの迷いもない、自分を信じてくれる瞳。

その瞳がとても愛しい。

「きっと大変な思いばっかりさせると思う。けど、それでも……それでもいいって言ってくれるなら」




オレの傍に居てくれますか?





あとで気がついたのだけれど、どう考えてもプロポーズまがいだった告白に。
華やかな微笑と共に頷いてくれた彼女は本当に女神だと思った。





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