「で、どこへ行くんですか?」
「何で君が一緒に出てくるんだ」

ぱたりと執務室の扉を閉めた直後に真横で響いた声に雲雀は心底嫌そうな顔をする。
極自然に一緒に部屋を出てきた骸はそんな雲雀にしれっと答えた。

「だって、出てこなければ話しかけられないじゃないですか」
「君と話をする気はないんだけど」
「ええ〜、そういうこといいますか〜? で、どこへ行くんですか?」
「…………」

この男に人の話を聞くという能力は皆無なんじゃないだろうか。
そんな気がして雲雀は頭痛を覚える。

「君には関係な……」
「仕事……じゃ、ないですよね。確か君は休暇をとってる」
「…………」

本当にイラつく。

「人の予定調べて何が楽しいの?」
「いえ、たまたま。君が珍しく長期休暇を取ったらしいと」
「噂が流れるわけはないよね」

雲雀のスケジュールなど自身か草壁くらいしか正確には把握していない。
それを知っているということは探った以外の何物でもない。

「……珍しく、消沈してるな〜って思ってたんです。理由は先ほどわかりましたが。……と、なると傷心旅行でも行くつもりなのかな、なんて」
「だったらどうするの?」
「ご一緒しましょうか?」

流し目を送ってくる骸に雲雀の周りの温度が一気に下がる。

「冗談です。そこまで怒らなくても」
「君を咬み殺してスッキリするならよかったんだけどね」
「それでよければお相手しましたが」

もちろん咬み殺されたりはしないけれどと語る瞳に、雲雀は僅かに笑みを漏らした。

「気持ち悪いから心配とかしないで」
「おや、そんな機微がわかるようになったとは。人間成長するものですね」
「やっぱ、死んで」

こんな男は放っておこうと心に決めて、雲雀は廊下を突き進む。

「だから、冗談ですって。おーい」

無視を決め込んだ雲雀の背中に骸が声を投げつけてくるが、構わず歩みを進めると小さく笑ったような音が聞こえた。

「イタリア、いってらっしゃい」
「!?」

不覚にも振り返る。
すると、視界に飛び込んでくる腹の立つ笑み。

「君は本当に大空に縁がある」
「……誤解しないでよね」

確かにイタリアに行くつもりだった。
だが、それはこっちがダメだったからあっちに乗り換えようとかそういう話ではなく。

ただ、顔が見たいだけ。

「別れたなんて聞いたら喜ぶんじゃないですか?」
「かもね」

馬鹿な人だから。

期待なんて欠片もさせてなかったはずなのに、まったく諦めてくれなくて。
なおかつ、そもそも雲雀が気がついているということに気がついていないあたり救われない。

「いいんじゃないですか? あっちにしても」
「ていうか。なんで、君が、それを知ってるの」
「だって、あの人わかりやすいでしょ」
「……それは否定しないけど」

骸の口ぶりが知っているのはそれだけではないと語っているような気がしてならない。

「……僕も甘かったかなぁ」
「ご心配なく。おそらく、他に気づいていたとしたらリボーンくらいですよ」

雲雀の考えを肯定するような台詞に気が滅入った。

「ねえ」
「なんですか?」
「別にどうにかなろうとか思ってないから。余計なことしないでね」

意地を張る必要がないのに……ともごもご言っていたような気がするのを聞こえなかったことにして、今度こそ雲雀は骸を置いていく。
なんだか足取りが重くなって、やっぱり並盛で休暇をすごそうかなんて思ったりもしてしまった。











彼の眼差しに気がついたのはいつのことだったか。

何度認めないといっても雲雀は自分の弟子だと言って憚らず、何かにつけて構いに来ていた。
綱吉の兄弟子にもあたるため、顔を合わせる回数は少なくはなく。
その自己主張の鬱陶しさはともかく確かに腕は立ったから暇さえあれば手合わせをしたりはしていた。

元より気に入ってはいたのだ。
綱吉とはまた別の意味で……そう、どちらかと言えばリボーンに近い意味で。

それが変わったのはふとした拍子に漏れる彼の瞳の揺れに気がついたとき。

その頃には綱吉と共にいるようになってそれなりの時間が経っていて。
誰かを想う気持ちというものを理解できるようになってきていたから。

切なげに揺れた瞳の意味を、慈しむように見つめてくる意味を、正確に捉えてしまった。

ああ、そうだったんだ……と、妙に納得して。
その想いを悪くないなんて感じてしまった。

けれども、応えることなんて当然できないし、何より彼自身そんなことを言っていられる立場ではない。
年下の男に現を抜かしている暇があったらさっさと嫁を探すべきで。

師匠と弟子……のようなものである現状を変えてしまうような要素は全て排除してきたつもりだった。

それなのに、彼は今も変わらず同じ視線を向け続けているのだ。
まったく色褪せなどしないように。

いい加減にしてくれと思う時もあった。
変わらない瞳にほっとしてしまうこともあった。

彼のことを気にする気持ちは心の奥底に追いやっていた。
いつかはそのまま消えてくれるものだと思っていた。
それなのに忘れた頃に僅かに浮上してくるそんな気持ち。

彼が変わらなかったように、自分の中でも変わってくれない困った代物。

彼に対する気持ちは今でも綱吉に対するものとは全く違う。
だから、これは恋心ではない。
かといってリボーンに対する気持ちとももうかけ離れていて。

この気持ちをなんと呼ぶか雲雀には全く理解ができなかった。





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