「あ」
「え?」

雲雀がディーノの私室の前を通り過ぎようとしたその時、タイミングを計ったかのように扉が開いた。

自然、鉢合わせる形になった雲雀とディーノは短い言葉と共に一瞬動きを止める。
刹那の沈黙を破ったのは雲雀が先だった。

「帰るね」
「えぇっ!? ちょ、ちょっと待てって!!」

なにがどうしてそうなったのか全く理解できないディーノは、混乱する頭を抱えながらもなんとか雲雀を捕まえる。

「泊まってくって言ってただろ」
「気が変わった」

その一言で片付けると雲雀はディーノの手を振り払おうと身を捩った。
当然、それを許すわけがなく。

「ああ、もう! お前は〜っ!!」

ディーノは強引に雲雀を引っ張ると開いたままの扉の向こうへと放り投げた。

「ちょっと、なにするの」

転ぶような無様なことはなかったが、バランスを崩した雲雀はなんとか体勢を整えながら後ろを振り返る。
その先ではディーノが後ろ手で扉を閉め、睨むようにして雲雀を見ていた。

「恭弥」
「……何?」

何をそんなに怒っているのだろう。
そんな疑問を抱きながらも負けじと睨み返すと二人の間の距離が詰まる。
そして、次の瞬間ディーノが怒っていたわけではない事を気づかされた。

「っ!! 跳ね馬……っ!」

伸ばされた腕の中にしっかりと抱きとめられる。
背に回った手は少しだけ震えていて。
落ち着きが無さそうな呼吸も伝わってきたのに、これはまずいと直感した。

「離し……」
「好きだ」
「っっ!!」

逃れようと力をこめたところで耳元で囁かれて反射的に体が跳ねる。
予想通りの展開なのに馬鹿みたいに反応した体に雲雀は唇をかみ締めた。
そのままわなわなと震えだすのをどう捉えたのか、ディーノは苦々しい口調で喋りだす。

「もう一回顔見てから考えようとか思ってたのに……お前が逃げようとするから」

先ほど部屋を出てきたのはどうやら雲雀に会いに行こうとしていたかららしい。
それならばもう少し待っていればよかったかと思っても後の祭り。
その言葉が引き出されないうちに帰ろうとしたのが裏目に出てしまった。
煮え切らないままなら誤魔化してしまおうと思っていた相手に、わざわざきっかけを作ってやってしまうとはなんたる失態と、悔しさに苛まれる雲雀など露知らずディーノは更に続ける。

「弱ってるところにこんなこというのは卑怯だってわかってる。でもさ、六年も我慢してたんだ。これくらい許してくれよ」

ゆっくりと体を離しながら情けない笑顔を見せる男に、なんと言って良いのかわからずに雲雀はただ俯いた。

「お前と出会ってそんなに経たないうちにもう夢中だったよ」

でも、迷いは捨て切れなくて。
悩んでいるうちに雲雀は綱吉と共に居るようになってしまった。

「こんな風に言える日が来るなんて思ってなかったからさ、諦めなきゃって何度も自分に言い聞かせたんだけど」

全然ダメだった。

まるで子供のような口調のそれにふと雲雀が顔を上げるとはにかんだ表情が視界に映る。
そこに湧き上がる小さな疑問。

「ねえ、跳ね馬」
「どうした?」
「もし……もし、僕があなたの気持ちに気がついて、その場で拒絶してたら……どうしてた?」
「もっと早い段階でキッパリ振られてたらってことか? ……うーん、そうだな」

雲雀にはその選択肢もあった。
本気でディーノを突き放すつもりだったら、本当はそうするべきだった道。
その道を選んでいたらきっと……。

「すっげー傷ついたと思うけど……たぶん、それでも諦められなかったんだろうな〜」
「は? 何言ってるの……」

予想外の答えに雲雀は目を丸くする。
それにディーノは苦笑を浮かべた。

「だってさ、そもそも上手くいくなんて欠片も思ってなかったんだぜ? そりゃ、それで顔見ることも出来なくなったりすれば辛さも倍増だったんだろうけど。……なんつーのかな」

言葉を探してディーノは一旦口を噤む。
答えを待つことしか出来ない雲雀もただ押し黙っていると数秒の沈黙が落ちた。

「んとな……そんなことぐらいで諦められたら苦労しないっていうか。これでも、オレだって色々悩んだんだ」

一番最初に出遅れたのだって、もし上手くいっても問題ばかりなことがわかっていたからだ。

「もうな、ツナのことだけじゃなくって、いろんな理由つけてお前のこと諦めようとしたんだぜ。独りでいるからダメなんだとかも考えて、実は何人か付き合ったりもしてみたんだけどな」

もちろん上手くいくわけなくて。

「正直、惜しいことしたってくらいな相手も居たんだぜ? でも、全然ダメなんだ。どんなに気持ちを違う方に向けようとしても結局お前に戻ってきちまう」
「気持ち……を?」

ディーノの言い回しに雲雀はピクリと反応した。

「ん? 何か気になった?」
「……気持ちを捻じ曲げた……の?」
「捻じ……ああ、うん……そうなるのかな」

肯定するディーノに雲雀はふるふると首を横に振る。
こんな形で己の考えを否定されるとは思わなかった。

「恭弥?」
「そんな……そんなわけないよ。だって、僕のことを好きってことがそもそも捻じ曲がった事実なんだから」
「何言って……」

堰を切ってしまった言葉は止まらず、驚くディーノを尻目にただひたすらに吐き出す。

「あなたは僕を好きで居ていい人じゃない。綱吉みたいに元々誰かが心に居たわけではないかもしれないけど、そこに入り込むべきは僕じゃない」

もっと、盲目的なのだと思っていた。
単純で鈍感だから己の間違いに何も気がつかず気持ちを抱えているのだと思っていた。

そうでなければこんなずっと想い続けてくれるわけなんてないはずで。

「なんなのもう、馬鹿じゃないのっ! 期待なんて欠片だってさせてなかったのに、他に選び放題だったはずなのに。それを全部理解した上で諦めないとか、どれだけマゾなの!」
「……恭弥、さすがにマゾはひどい……」

くだらない部分で口を挟んできたのを一睨みすると、睨まれた本人は体を縮みこませて口を引き結んだ。

「どうせ、問題だって何の解決法も見つけてないんでしょ。あなたの大事な部下達だって困ってるんじゃないの?」

辛さに負けてつい揺れそうにもなったが、想いを受け止めたところで面倒なことにしかならないのはわかりきっている。

「僕は……信じないよ。あなたにとっての捻れが僕を諦めることにあるなんて」

抜けているこの相手のことだ。
見当違いのことをして勘違いをしているに決まっている。

だから、今、好きだといわれたって気になんてならない。

一気に捲くし立てたらなんだかすっきりした。
いろいろ言ってはならないことを口走った気もするが、もう関係ない。

完全に開き直った雲雀にディーノは肩を竦めて口を開く。

「おいおい、恭弥。黙って聞いてれば、お前ひどいな」

ひどいと言いながら、ディーノの顔は笑っていた。

「お前、全部わかってたんだな」

ディーノの想い、綱吉の想い。
そして、そこから生じる不具合の数々。

そんなものを何年もずっと抱え続けていればこれくらい捻くれるのは当然かもしれない。

「そんだけわかってるのに、こんだけ一途に想ってきた相手に信じないはホントひどいよな」
「悪い?」

だからどうしたと言いたげな様子はすっかりいつもの雲雀で。
ディーノは思わずふきだした。

「汚い」
「悪ぃ、悪ぃ。……や、まあ、一つ確信したんだが」
「何?」

にやりと笑ったディーノに嫌な予感がして雲雀は眉を寄せる。
そして、その予感は的中した。

「わかった上でここへ来たってことは、お前の中にオレの存在が確かにあるってことだよな」
「ちっ」

気がついたかと舌打ちをする雲雀に、ディーノはもう一度盛大にふきだす。

「なんなの……」
「そのくらいの方が、いいなって思ってさ」

弱みに付け込んだなんていう引け目を感じなくてすむと笑う。
言われて雲雀もそういえばすっかり気持ちが晴れてしまっていると気がついた。

「なあ、恭弥」
「なに?」
「オレ、お前に信じてもらえるまで頑張るよ」

だから、好きで居ていいのかと聞いてくるのに。
迷いなく答える。

「勝手にすれば」

言いたいことは言ってしまった。
秘密にしてたこともばれてしまった。
それに、どうせダメだといっても結局諦められないと言い出すのだろう。
だったらそういうしかない。

「うん、じゃあ、そうする。……好きだよ、恭弥」
「知ってる」
「ぶっ……。なら、これか」

オレにはお前以外居ないよ。

そう囁かれるのにはピクリとだけ反応して。

「信じないよ」

ツンと横を向くとなぜか楽しそうにディーノが笑うのがわかった。

「何笑ってるの」
「え、だって、諦めなくていいってだけで随分変わるもんだぜ?」
「僕としてはさっさと諦めるの推奨なんだけど」
「だから、それを覆すのがこれからのオレの役目だろ」

どこまでも楽しそうに、笑う。

「そーだ。髪伸ばそうかな。どっかの誰かの真似して」

すでに充分伸びている髪を摘んだディーノに、雲雀は眉を上げた。

「どっかの誰か?」
「スクアーロ」
「ああ……」

願掛けで髪を伸ばしていたとかなんだとか聞いたことがある気がする。

「どーせ、オレのこと信じるようになっても素直になんて言わなそうだから、コレ切っていいって言ったらってことにしないか?」
「……どっかの誰かみたいに切る機会無くすかもね」
「オレはあいつとは違うさ」

スクアーロが聞いていたら怒りそうな会話を交わしてお互いくすりと笑みを零す。

「どこまで伸びるか見物だね」
「案外、すぐかもよ?」

これまでのように弱く揺れるだけだったのと違い、強く真っ直ぐに見つめてくる飴色はどこまでも澄んでいて。
この瞳に見つめられていたらついうっかりなんてこともあるかもしれないなんて思い始めてしまった自分に、雲雀はこそりと苦笑を浮かべた。





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